旅が終わる。

小樽港から、舞鶴行きフェリー「あかしあ」に乗り込み、いま日本海海上にいる。

この2ヶ月、北海道で、様々な人に会うことができた。

しかし今ここには誰もいない。

寂しさに打ち勝つ、唯一の方法は、自分の中の美しい感化を信じることだ。

稚内。ライダーハウスみどり湯。

北海道の、私のもう一人の「いつも会いにいく人」であるおかみさんは、

今回、そのほんの数日前に娘さんを病で亡くされていた。

大昔から続くブログの更新がしばらく止まっていて、みどり湯に何かが起こっていることは明白だったが、

いざ行ってみると、宿はふつうにオープンしていた。

おかみさんは、いつも通り洒脱でいつも通り泰然としていて、いつも通り時々急に闊達だった。

私はここにはいつも午後の早い時間に着く。同じく早めに着いている誰かしらと早めに仲良くなりながら、たまにおかみさんとも話し、

そして何より、私は彼女の電話を聞くのが好きなのだ。宿の予約の電話である。

深く椅子にもたれて、時に煙草もやりながら、丁寧に、多少は優しく、しかし厳しくルールを伝えている。この宿に予約が要らないことは、リピーターなら何となく知っているから、おそらく初めて来る客なのだ。その応対がとてもいい。煙草がいい。

相手のニューフェイスは、どんな男(女かも!)だろう。どこかで評判を聞いてきたのだ。彼は旅に何を求めていて、どんな顔で、この後、この最北の魔窟にやってくるのか。

やがて9時になり、いつも通り昭和的ミラーボールが回り、名口上があり、千春があり(笑)、一期一会の旅人たちの夜が、整えられていく。

その後は、おかみさんは、半分居眠りしながら、特別、話しかけられでもしない限り、定位置の椅子に座りこちらには入ってこない。

消灯時刻になると、ルールを念押しして、さらりと消えていく。

酒が進んだ。たくさん笑った。すべてが、いつも通りのみどり湯だった。

私は翌日もここに泊まった。

自己紹介で回ってくるマイクに、今、宿がオープンしている事実への感謝を、下手くそに表した。

おかみさんの表情は見えなかったが、そんなことで嬉しがったりするあの人でもないが、私としてはそれを示さずに次の町に走り出す気にはそのときなれなかったのだ。

そして昭和的ミラーボールが回り、千春が…

いつかあの椅子に座るおかみさん以外の他人を想像することはできない。

本業である、日本最北の銭湯は、息子さんたちによって守られていくはずだが、

ライダーハウスみどり湯は、今の形では、継がれないだろう。

ぶっちぎりの個性を歌う、彼女だけのそれが歌だからだ。

彼女だけのそれが日々だからだ。

日本海にも、台風の影響が残っている。

荒海に自分の行く末を思う。

今ここには誰もいない。しかし心はにぎやかだ。

自分の中の美しい感化を信じて、航海の途上である。