大阪維新の会が人気絶頂期に発表した「維新ハ策」。もはや誰も覚えていないだろうが、当時は、新聞一面に白抜き文字で大々的に報じられ、話題をさらった。革命前夜かと思った。

「参議院の廃止」がさらっと入っていたり、それはダメだろう!と全力で思ってしまうものも含まれる内容だったが、大阪発の政治のうねりに、私も大いに期待した。

その「一丁目一番地」の大阪都構想。

「二重行政の解消」は、誰も反対しえない、猿でも分かるスローガンだった。大阪府と大阪市の不毛な対立が有益なわけがない。

勝算あり。勝算しかない改革。大阪発政治改革の、はじめの一歩だったのだろう。

まず大阪でひとつ成果を上げてから。と考えて選択した「手を付けやすい改革」だったはずだ。なぜなら理が明らかすぎる。ほとんどの政治改革は、これのように正しい道が明確ではない。それでも進まなければならないのだ。

そして十年ののち、大阪都構想は潰えた。

理屈はもういい。この十年、大阪に住んでいて、感覚として、橋下氏松井氏吉村氏が大阪にとって、概ね「いいこと」をしているという実感が持てない人の政治マインドは、絶望的だ。

あの才気あふれる吉村氏が、責任を持って、やる、と言い切っている。任せてみればいいではないか。言葉が分からないなら、目を見ろよ、と思う。

平松氏やノック氏が在任中に何をなし得たというのだろう。

反対派政治家は、庶民の「明日の財布」に訴えかけた。10年後20年後の「皆の財布」について語る言葉より、それは一部の人に響きやすかった。

誰の一票も、一票である。多数決。住民投票。国民投票。民主主義…。

そして憲法改正。話はかわるが…

憲法は改定され続けなくてはならない。不動の位置に置けば、誰もそれについて思考しなくなる。もうなっている。

日本の国で大人として生きるなら、九条についても、他についても、大いに考え、話し合わなければならない。

憲法改正の道のりの険しさを感じて、私は重々しい気持ちになっている。

大阪都構想すら、私たちは育てることができなかった。